2017/06/01

ウィッチンケア第8号のまとめ



ウィッチンケア第8号(Witchenkare vol.8)


★寄稿者32名の書き下ろし作品を掲載した文芸創作誌

発行日:2017年4月1日
出版者(not社):yoichijerry(よいちじぇりー)
A5判:204ページ/定価 1,000円(+税)
ISBN: 978-4-86538-060-6 C0095 ¥1000E

【公式SNS】

※下記URLにて小誌の内容がノベライズ形式のダイジェストで読めます。

CONTENTS
002……目次
200……参加者のプロフィール


編集/発行:多田洋一
アートディレクション:吉永昌生
校正/組版:大西寿男
写真:徳吉久

※小誌は全国の主要書店でお取り扱い可能/お買い求めいただけます(見つからない場合は上記ISBNナンバーでお問い合わせください)。
★【書店関係の皆様へ】ウィッチンケアは(株)JRCを介して全国の書店で取り扱い可能。最新号だけでなくBNも下記URLで注文できます。

※BNも含めamazonでも発売中!

2017/05/31

目眩く未来はほんと?(第8号編集後記)

5月いっぱいかけてウィッチンケア第8号32篇の掲載作品を紹介しました。今年は1月にタバブックスさんとの<ウィッチンケア文庫>創刊。2月は長谷川町蔵さん、久保憲司さんとのイベントなど。3月は今号の編集/印刷/配本作業。そして4月の正式発行。なんだか2010年春に創刊号を出してからずいぶん遠くまできちゃったような気もして思わず「あのころの未来に〜♪」とか口ずさみそうですが...「夜空ノムコウ」って広瀬すずさんが生まれるまえのヒット曲...そしてそのSMAPの騒動も、年改まるまえのことか。

紹介文一覧は、明日<まとめ>として当ブログにアップします。3/30日付けの<さわり(ノベライズ・ウィッチンケア第8号)>とともに、ぜひ読んでみてください。もちろん私の駄文ではなく、作品の引用部分を。そして興味を抱いた作品はぜひぜひ本篇にてお楽しみください。また小誌過去掲載作10篇は《note版ウィッチンケア文庫》でも無料公開中。こちらも、ぜひ×3。

あまりスタイルを変えずに<紙の誌をつくること&ブログを書くこと>を続けています。それは最大限自分贔屓目に言えば「ぶれてない」...でも突っ放して言えば「おまえ(発行人)それしかできんのか」なわけで。...どこまでいっても、試行錯誤。

《note版〜》へのアクセスは開始1年で総発行部数を越えました。某巨大ネット書店さまからは小誌にまで「ダイレクトな取引しませんか?」とDMがきます。その他にも「あのころ」には思ってもみなかった「未来」と直面して、表紙に載ってる「目眩く(めくるめく)」でもあるが「目眩」もしたり...それでも私は、けっこうdystopiaではなくutopia志向です。「全てが思うほど〜♪」ってこともあるけど、それも含めて「明日が待ってる〜♪」だと(グループは解散しても作品は現在進行形)。

今後ともウィッチンケアをどうぞよろしくお願い致します。最新の第8号には、↓の32名の寄稿作が掲載されています!


2017/05/30

vol.8寄稿者&作品紹介32 仲俣暁生さん

つい先日SNSの「友達」とポップ文学の話題になり、1990年代前半〜中頃、一部書店でその範疇に括られていたのが村上龍、村上春樹、高橋源一郎、山田詠美、吉本ばなな等だったことを思い出しました。いまの視点だと〝一部書店でその範疇に括られていた〟どころじゃなく、本屋さんの文芸書のど真ん中だ、と感じながら最近あまり聞かない<ポップ文学>という言葉、それに関連して、1990年代中頃以降に聞いた<J文学>という言葉について調べていたら...突き当たったのは仲俣暁生さんの「文学:ポスト・ムラカミの日本文学 カルチャー・スタディーズ」という本でした。さっそく入手しましたが、発行は奇しくもちょうど15年前(2002年5月31日)!! 私がぼんやり把握していた系譜や流れが、ほぼリアルタイムで丁寧に解析されており、目から鱗が束になって飛散...同時に、「極西文学論―West way to the world」(2004年)に続く仲俣さんの文芸評論を、ぜひ読んでみたくなりました。

仲俣さんの今号への寄稿作は、ご自身が少年時代に出会った本について、いまの視点で回想したエッセイ...というより「随筆」と表現したほうが似合いそうな風合い(美しい佇まい)の一篇です。図書館や学童保育で読んだ『義経記』、<みなもと太郎の『レ・ミゼラブル』>(潮出版社の「希望の友」に掲載)の思い出は、当時のときめきが伝わってくるよう。マンガ雑誌は<近所の子ども>や床屋を介して読んでいた、とのことで...私は、少年マガジンだけは親に買ってもらってたかな。「巨人の星」が読みたかったはずなんだけど、すぐに「あしたのジョー」が始まってそっちに夢中になったかも(後年、自分内の梶原一騎濃度の高さに愕然)。

作中に登場する<K子おば>さまを羨ましく感じました。小誌第5号への寄稿作「ダイアリーとライブラリーのあいだに」にも登場した、社会科の教諭をなさっていたかた。<K子おば>さまのように素敵な本を奨めてくれる存在、私にはいなくて、むしろ、親がある日、家にセールスにきた「子ども世界文学全集」(TBSブリタニカ?)みたいな何十冊かの本をど〜んと買っちゃって部屋に並べられて、それが負担(読みたくない)で、ぽつぽつと「自らが読む本」を独力で探していた記憶なんかも甦ってしまいました。

作品の後半は、40年ぶりに読み返した『とぶ船』について。<ヒルダ・ルイスが書いた数少ない子ども向け作品><彼女がすすめてくれた本で、とりわけ好きだった>(※彼女、とは<K子おば>さま)と紹介されています。すっかり内容を忘れてしまっていた仲俣さんが、再読して気がついたこととは? 物語の懐深い解釈とともに、同書には<K子おば>さまとの思い出が色濃く重なっている様子が伝わってきました。詳しくはぜひ小誌を手にとって、ご一読ください!



 両親とも教員だったせいで、マンガ雑誌を買うことは禁じられていた(そもそも近所に本屋がないのだから、買いたいとも思わなかった)。マガジンとサンデーは、近所の子どもに回覧してもらって読んだ。ジャンプは床屋で読んだ。あとは暗くなるまで外で遊び(野球、石蹴り、ザリガニ釣り)、家に戻ったらご飯を食べて寝る。そんな毎日だった。家で「読書」をした記憶はまったくない。いちばんの「愛読書」はH・A・レイの『星座を見つけよう』。これを片手に夜になると外に出かけ、たっぷりとあった空き地の草むらに寝転んで、夜空の星座をみるのが好きだった。物語は本の中ではなく、天上にあった。

ウィッチンケア第8号「忘れてしまっていたこと」(P196〜P199)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

仲俣暁生さん小誌バックナンバー掲載作品
父という謎」(第3号)/「国破れて」(第4号)/「ダイアリーとライブラリーのあいだに」(第5号)/「1985年のセンチメンタルジャーニー」(第6号)/<夏は「北しなの線」に乗って 〜旧牟礼村・初訪問記>(第7号)
http://amzn.to/1BeVT7Y

2017/05/29

vol.8寄稿者&作品紹介31 東間嶺さん

昨年の7月24日(日)、たまたまクルマで津久井湖〜城山湖あたりを通りがかって、ずいぶん開けた(郊外化した)したもんだな、なんて思っていたのです。在町田市の私にとっては遠いところではないが、でもそんなにいくところでもなく。でっ、翌々日に「津久井やまゆり園」の事件が報道され、ほんとうに重苦しい気持ちになりました。そういうとき、自分のなかに澱んだものをアウトプットしたくもなるんですけどね(でもしない/最近あまり聞かない言葉だけど、とにかくROMる)。

東間嶺さんは今号への寄稿作について、自身が参加している【エン-ソフ】に自著紹介文を寄せています。そこには<言葉をこねくりまわすことによってしか輪郭を明瞭にできないものはあり、ぼんやりとではあれ解像されてきたその主題を、わたしは、これからも繰り返し繰り返し、扱っていくつもりでいる>という一節があり、それを読んで私はちょっと救われた気分になったりもしています。<こねくりまわ>した後の言葉を作品というかたちでアウトプットする場所(←っていうより回路)として、小誌を利用してくださるのはありがたいことだ、と。

今作に登場する<@uehara_ryu>さん。ROMってる私は少なくもなく〝彼〟と遭遇しています。それはネット上にいるらしい見知らぬ<@uehara_ryu>さんであったり、えっ!? あなたが、という実在する(ことが偶/必然でわかっちゃった)<@uehara_ryu>さんであったり。後者の場合はかなりショックなんですが、でも、そもそもなにかあるとROMる私のようなやつは、その行動において〝内なる<@uehara_ryu>さん〟を抱えていたりしないか、とも考えたりもしています。

作品の大きなテーマは<ショブン>という言葉。<ある高名な社会学者>は、私は月に1〜2度(たぶん)、新聞の人生相談コーナーで回答を読んだりしているはず。...もちろん、しっかりした議論がされるべきだと考えますが、しかし個人的には、今作で東間さんが描いた<わたしとアマノさん>の関係性のほうが印象的でした。そもそもネット上の別人格なんてありえるのかな、それ、過渡期を経ていずれ統一されてくんじゃ、なんてことも、いろいろ考えてしまったのです。



 ウエハラ@uehara_ryuという、アイコンに東京オリンピックのエンブレム選定で盗作を疑われたデザイナーの、目線モザイク入りコラ画像を使うそのアカウントは、数分前からニュース記事への反応をつぎつぎにツイートしている。

 生産性ゼロの垂れ流しゾンビに俺らの税金延々使われるとか、普通に無理なんですけどクソが。

 ウエハラのプロフィール欄には、アラフォーの底辺デザイン土方です。最近は政治に関心がありますが、意識は低めです。@いっさい反応しません、と書かれている。
 連投をひととおり確認しながら、わたしは上目遣いにアマノさんへ視線をおくる。カップ麺を食べ終えたアマノさんは、ゼリー状の栄養補助剤をくわえながらモニタをみつめ、iPhoneをかなりの高速でタップ&フリックしている。アマノさんの両親はまだ生きてるんだろうか? わたしはふと、そう思う。

ウィッチンケア第8号「生きてるだけのあなたは無理」(P188〜P194)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

東間嶺さん小誌バックナンバー掲載作品
《辺境》の記憶」(第5号)/「ウィー・アー・ピーピング」(第6号)/「死んでいないわたしは(が)今日も他人」(第7号)
http://amzn.to/1BeVT7Y

2017/05/28

vol.8寄稿者&作品紹介30 吉田亮人さん

現在、東京・広尾のEMON PHOTO GALLERYにて個展「On Labor」を開催中(6/27まで)の吉田亮人さん。5/27のライター・石井ゆかりさん(星占いの!)とのトークショーは告知即満席で大盛況、そして、4/15~5/14に開催されたKYOTO GRAPHIE(京都国際写真祭) 2017で発表された「Falling Leaves」は、メディアでも大きな反響を呼びました(「祖母と生き、23歳で死を選んだ孫。二人を撮った写真家は思う」〜BuzzFeedNEWS)。同展で吉田さんと対談した作家・いしいしんじさんの日記には<吉田亮人さんの作品には、どんなものでも早めに触れておいたほうがよいです(4/22日付)>という一節があり...じつは《note版ウィッチンケア文庫》では3/18より小誌初登場となった「始まりの旅」を掲載させていただいておりますが、そのアクセス数も急増中でして、ビッグ・ウェーヴの予感がひしひしと伝わってきていました。

そんな吉田さんですが、3月に送ってくださった今号掲載作では、少しぼやいていました。写真集のための持ち込みで出版社をまわり、ある人から<今が80年代だったら吉田君、出版社からたくさん写真集を出せただろうし、取材の予算も組んでもらえただろうね>と言われ、<この時代に写真家になったことを呪え、と言わんばかりの編集者の言葉はショック>だったと...。私はその80年代末に出版業界に紛れ込んだ人間なので、吉田さんの気持ちもわかる、でも、編集者の言葉も...〝編集者個人の裁量ではいかんともしがたい状況〟であることはわかる。。。

あっ、もちろん今作での「ぼやき」は「前フリ」のようなもの。上記の逸話を受けて、吉田さんは「それなら自分でやる」と一念発起(1人出版者の私は甚く共感!)。友人で装丁家の矢萩多聞さんとともに、自費出版の写真集づくりに着手します。手縫い製本の初作品集「Brick Yard」のメイキング・ストーリー...本製作の過程でいろいろな人に出会い、アイデアが別のアイデアを生み、そのたいへんさと楽しさが、飾らない言葉で語られています。

「Brick Yard」で身につけたノウハウを発展させ、2人はさらに大胆な次の写真集づくりへと。バングラデシュの皮なめし工場の労働者を2年間に渡って撮影した「Tannery」の表紙(ブックケース)には、なんと現地の皮が使われているのです。撮影ではなく、皮の買い付けと加工依頼のためにバングラディッシュを再訪した吉田さん...この続きは、ぜひ小誌を手にとってお楽しみください(そして、2冊の写真集づくりを通じて実感した<いい写真集、とは一体なんだろう>という、吉田さんなりの問いかけにも...刮目!)。



 編集構成、表紙デザイン、タイトルフォント、紙選び、全てが僕にとって初めてのことだったが、多聞さんの豊富な知識と経験に助けられながら二人三脚で何とか仕上げ、印刷所に入稿することができた。ここまでに予算の大半を投入し、もうほとんど使えるお金など残っていないという時に問題が起きた。
「吉田さん、製本をどうしましょう。業者に頼んでやってもらうと、かなりの予算オーバーになっちゃうんだよねえ」
 多聞さんが申し訳なさそうに言いながらこう続けた。
「それで僕考えたんだけど、製本は自分達でやらない? 手縫いで」
 手縫い? 手縫いって言ったって、200部もあるそれを2人でやるなんて、あまりにも気の遠くなる作業だ。しかし予算のない僕に残された選択肢は、それ以外にはないも同然だった。
「2人でやるのは現実的じゃないから、製本やってくれる有志のボランティアを集めてやろうよ」
 僕の心を見抜いてか、多聞さんが言った。
「やりましょう」

ウィッチンケア第8号「写真集を作ること」(P182〜P187)より引用
https://goo.gl/kzPJpT

吉田亮人さん小誌バックナンバー掲載作品
始まりの旅」(第5号&《note版ウィッチンケア文庫》)/「写真で食っていくということ」(第6号)/「写真家の存在」(第7号)
http://amzn.to/1BeVT7Y

Vol.8 Coming! 20170401

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yoichijerryは当ブログ主宰者(個人)がなにかおもしろそうなことをやってみるときの屋号みたいなものです。 http://www.facebook.com/Witchenkare