2015/05/04

vol.6寄稿者&作品紹介04 姫乃たまさん

毎年「次は出せるのだろうか?」と思いながらvol.6まで号を重ねてきた小誌ですが、新たな書き手との出会いって、ほんとに楽しい。姫乃たまさんへの寄稿依頼は、ある方のひとことがきっかけ。「第6号も出すことに決めたんですが自分では思いつかない人にもお願いしてみたくて」という、なんだか東浩紀「弱いつながり 検索ワードを探す旅」的相談に乗ってくれた人が「姫乃さんは?」と。私は一昨年まで在下北沢でしたので「地下アイドル・姫乃たま」がシモキタを拠点に活躍していることは知っていましたが、「自分が姫乃さんに寄稿依頼する」は、一人では一生思いつかなかっただろうな。

昨年、秋の終わりに下北沢で打ち合わせ。聞けば八百屋さんの近くの店でアルバイトしていたこともあったそうで、そりゃ絶対すれちがったりくらいはしている。その後「オートフィクションを書きます」という連絡、年明け2月上旬に届いたのが掲載作の「21才」。22才のバースディパーティの少し前に書き上げた23才の「私」が21才の頃を回想する物語。どのくらい「私」=姫乃さんなのかは読み手の想像力にお任せしますが「私」の感覚は書き手のそれを投影しているんだろうなと推察しちゃう箇所も少なくなくあり...読み終えて「私」って手強いなと思いました。手強いってなんだよ、とつっこまれそうなのでもうちょっと言葉を捻出すれば、「私」って修験者みたいだ。

<好きな曲を好きなだけ聴かないようにしている>「私」。恋人に<大事にしてもらえると確信した瞬間から、興味がなくなってしまう>「私」。<怠惰な人間は、とことん怠けることの面倒くささを知っているのだ>と語る「私」。作品内の「私」は世の中のものさしで言うところの「道ならぬ恋」をしているのですが、そのことに悩んでいるようには描かれておらず...いや、刹那で感情が揺れたりするから充分悩んではいるのだろうけれど、少なくともこの作品は『道ならぬ恋で悩む「私」』について書いているんじゃないな、と。もうちょっとハードルの高いところから怠惰に流れている感じ。

「ビール」と「食べる」ことで自分と恋人の関係性を描いているくだりが、とても印象的でした。なんでいま親密なのか、なんでいま一緒にいたいと思うのか、みたいなことって、言葉にするとこんな感じなのかもしれないな、と。でっ、このくらいのことで繋がっているから些細なことで壊れちゃったり、また繋がっちゃったりして日々が経つ。23才の「私」は<少し憂鬱>になるくらいならまあいいや、と現在の「助手席の男」にも引導を渡そうとしていますが...やっぱり手強い。恋人だと思っている相手がこんなこと考えていたってわかったら、私だって号泣します。



 ベッドから抜け出して、遅すぎた昼食のかわりに冷蔵庫からビールを取り出した。恋人は私の「小さいのによく飲むところ」が好きだという。どこにそんなお酒がはいるのか不思議だから、と。アイロンをかけ続ける背中に「知らない国の話をして」と声をかける。
恋人は仕事でよく海外に行くのだ。おかげでずいぶんといろんな国のことを聞いた。臆病で出不精な私も、恋人のいる知らない国ならいいかもしれないと思う。恋人は質問には応えず、私とビールを交互に見てから、酒のありかを探すように体を触って来る。思わず声をあげて笑い出してしまう。
 私と恋人はつるつるしたシルクの糸を滑り降りているようだと、時々思う。

 夕方、雨あがりの道を近所のレストランまで歩いていった。私はいつでも恋人と同じものを同じだけ食べようとする。でも結局、同じだけは食べられなくて、恋人のほうが私より少しだけ多く食べる。恋人が私より優れているのはそのせいではないかと密かに思っている。


ウィッチンケア第6号「21才」(P020〜P025)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/115274087373/6-2015-4-1

Vol.9 Coming! 20180401

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