2015/05/27

vol.6寄稿者&作品紹介35 武田徹さん

武田徹さんの今号への寄稿作は橿渕哲郎やムーンライダーズの曲(詞/詩)を、唐木順三の「詩と死」(第七版)で言及されている川端康成の<『末期の眼』という短い文章>を手がかりに考察したもの。ええと、少しややこしいですが、「末期の眼」という同文のタイトルは<芥川龍之介が自殺直前に残した『或旧友へ送る手記』>のなかの一節「けれど自然が美しいのは、僕の末期の眼に映るからである」に由来。唐木は「詩と死」において、川端が芥川の一節に対し<あらゆる芸術の極意はこの『末期の眼』であろうという感想を添えている>ことを紹介し、それに賛同して自説を展開。そして武田さんは、芥川→川端→唐木(経由で時宗の開祖・一遍にも迂回)とバトンを受け継いで...。

「末期の眼」とはなにか。作品内ではさまざまな言葉が紹介されていますが、一番わかりやすいのは唐木から引用した<生を死から把え、即ち、はかなく、あわれな存在として自己をとらえ、そのあわれをいとおしみ、つかの間の命即ち存命の不思議を、中世人たちはその詩歌や随筆やまた語録で示している>の部分でしょうか。武田さんは橿渕哲郎やムーンライダーズのいくつかの曲をピックアップし、「末期の眼」という視点から具体的に読み解き直しています。ライダーズファン、そして昨年発売された「かしぶち哲郎 トリビュート・アルバム 〜 ハバロフスクを訪ねて」に魅了された人には、深く沁み入る内容だと思います。

今作でもあらためて感じましたが、武田さんの言葉に対するスタンスは懐が深いです。ある言葉はある意味に対応、といった自動翻訳的な理解ではうまくいかないことも視野に入っていて、「その言葉がそこで選ばれた背景」にまで思いを馳せてコミュニケーションに臨むというか。そんな武田さんの姿勢を、先日おこなわれた開沼博さんとの対談でも私は勝手に感じ取っていました。そして晶文社のHPで始まった連載「日本語とジャーナリズム」は、いったいどこに着地するのか!? 同連載内の<人間(の上下)関係>や人称の話...自分が普段無自覚でいることにも気づきました。

下記引用内にも出てくるムーンライダーズの〝Who's gonna die first ?〟という曲、私もアルバムリリース時にリアルタイムで聞きましたが、あれから四半世紀経ったのか。当時はなんか、音はジーザス・ジョーンズあたりと張り合う気満々なデジロック、なのに歌詞はヤケクソ気味、と思えた...でもいま聞くとその「ヤケクソ」に凄みを感じます。印象的なサビも耳にこびりつきますが、30を越えたばかりの頃は耳に入ってこなかった「どうせ クッションかソファみたいなぼくだ」ってな箇所が引っ掛かったり。そして、武田さんが以前イベントで仲俣暁生さんの「今後会いたい人は?」という質問に、鈴木慶一さんと答えていたことも思い出しました。


 しかし「「捨てる」ということをあれほど徹底させたこの「捨聖」も、三十一文字、また日本語の音律だけは捨て得なかった」。それを唐木は責めない。三十一文字の音が連なるリズムこそ「全存在がひとつの情緒的形姿をとって現れる」場所であり、「ここが詩(ポエジイ)の誕生するところ、物皆がその本来の面目を発揮するところだ」からと唐木は書く。

「末期の眼」とは喪失を予期して世界を見るまなざしだ。出家、脱俗した宗教者はみな末期の眼を持つといえるが、総てを捨てようとした一遍は特にその傾向が強い。しかしそんな一遍が総てを捨てようとした果てに詩を口にする。そうして喪失の中に現れる言葉とリズムこそが本物の詩なのだ。
 先に紹介した『ムーンライダーズ詩集』は、今にして思えば「たかが」結成10周年記念の刊行だった。その後、バンドは20周年、30周年と生き延び続け、最後の晩餐と、永遠に続くはずのないメンバーの命を重ねあわせて〝Who's gonna die first ?〟と歌う曲すら作る。そんなライダーズのライブでは、たとえば「Don't trust anyone over 30」は、歌詞の「30=thirty」の部分を齢を重ねるメンバーとファンを揶揄するかのようにforty、fifty、sixty と換えられて歌い継がれるのだ。スタンディング状態の観客がそんな替え歌を楽しげに合唱する様子は、まるで声を合せて念仏を唱え、踊る時宗の衆生たちのようではないか!


ウィッチンケア第6号「『末期の眼』から生まれる言葉」(P210〜P215)より引用
http://yoichijerry.tumblr.com/post/115274087373/6-2015-4-1

cf.
終わりから始まりまで。」/「お茶ノ水と前衛」/「木蓮の花」/「カメラ人類の誕生

Vol.9 Coming! 20180401

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