2015/05/30

おまけ(ノベライズ:ウィッチンケア第6号)

 ……きちゃった、へへ。

 嘘のようなほんとうの話だが、さっき彼女が窓から僕に微笑んだ。えっ、そういうことってリアルで起こるんですか!? たじろいでいる間に部屋に入ってきて一冊の本を手渡された。なっ、なんなんですか!? 途方に暮れていると、彼女は「全部読んだら愛してあげる」。全部読まないと? と尋ねたら「殺す」と。じゃまたね。彼女が窓から出ていった。まだ死にたくない僕は本を読み始める。

 表紙には四つのグラス。写真家の徳吉久が、パリの北ホテルのカフェで撮影したものだ。あと、ご丁寧に「言葉いりますね」と。そりゃ本なんだからいるでしょう。

 ページをめくると、うっすら読めるwords@worksとの文字。作品の言葉、とでもいう意味だろうか。その下には脈絡のない文章の断片。対向面の写真にはUNE FABULEUSE SOIRÉE !!! と書いてあり、これはまあ「どうぞお楽しみください!」というくらいの感じ!? さらにページをめくると<目次>で、三十七の人名が同じ大きさで並び、各名前の下に掲載作品のタイトル。知ってる人もいる、知らない人もいる。

 若き日の旅の思い出を仲俣暁生が書いている。傷心のまま封切られたばかりの「コットンクラブ」を金沢で見たと。壁ドンについて西森路代が論じている。流行語となり形骸化したパフォーマンスの本質に迫っている。自身が見てきたゼロ年代の風景について記したのは開沼博。与沢翼やはあちゅうが意外な登場のしかたをする。続いて地下アイドル姫乃たまの初めての小説。年齢差のある道ならぬ恋愛を自分語りのように描いている。酒鬼薔薇聖斗と同い年の武田砂鉄は同級生とのキレたかもしれなかった思い出について紋切り型でなく書いている。富士山という題名の小説を寄せているのは宇田智子。多摩川や綱島温泉のような場所が登場する。吉田亮人は写真で食っていくことの難しさと楽しさについて。独立当時の逸話が再現されている。ロフォーテン諸島やブラジルへの旅の記憶を野村佑香が辿っている。旅を通じて自分自身と改めて対峙するかのように。流れさってしまったかもしれないテキストを書き留めた大澤聡はラジオで荻上チキと対話することも批評的行為だと語っている。若杉実は「渋谷系ならシゲ」と言われた男を主人公にした小説を書いていてミシンの音が聞こえてきそうだ。一連なりの長い文章で中野純がいろいろつぶやいている。やるときはしっかり電気を消してほしいと実用的な提案も含まれている。若い女がAV女優になるまでの物語を創作したのは谷亜ヒロコ。主人公は胸が大きい。お尻もいい。図々しくはないらしい。東間嶺はミロスラフ・ティッシーにまつわる小説を。猫とランチとカフェと大自然と中東の過激派が並列で扱われている。モルディブを舞台にした小川たまかの小説には不思議なカップルが登場してなかなか正体がつかめない。西牟田靖の初小説では未解決事件の真相を追うもの書きと和歌山県警OBの苦悩が描かれた。精神を病んだ父親を介護するため京都に移り住んだ男の物語を書いた久保憲司。作中ではレイシスト団体への抗議デモにもさらりと触れている。藤森陽子はピアノのレッスンや飛行機への乗り遅れが怖い。近年は靴のつま先が入らないという新手のトラウマにも見舞われている。吉祥寺ハモニカ横丁を例に路地を考察したのは井上健一郎。都市の余白について独自の見解が述べられている。我妻俊樹の小説にはおっかないものがたくさん登場する。右目がピラミッドで左目がおにぎりのニュースを読む男など。人生悲喜交々とランナウェイズへの愛を木村重樹が告白する。BiSやBABYMETALも木村の視野に入っている。諸星久美の小説では妻であり母である女の葛藤が描かれる。主人公は破滅に繋がる感情の積み重ねに自覚的だ。20年間言葉にできなかった思いを小説にまとめた大西寿男。元祖平壌冷麺屋本店は神戸の新長田駅近くにある。雑聴生活について考察した辻本力はデプレッシブ(鬱)・ブラック・メタルというサブジャンルを堀りながらも鬱々としているわけではない。上海で暮らした際に旧暦の五節句の意味を肌で感じた友田聡は昨今の「行事続き」の風潮に警告を鳴らす。まだ句会に参加した経験のない出門みずよだが今号では我流で四十四句ほど詠めりけり。荒木優太は在野研究者として専門分野の小林多喜二「党生活者」を題材に屑について持論全開。自分はなぜパンに魅せられたかについて書いた山田慎は年間300軒以上の店を訪れている。子供部屋に出没する異性物についてさまざまな作品を解読した三浦恵美子はセーラームーンやまどマギはまたあらためてと。「流域」という視点の大切さを提示した柳瀬博一は併せて自身の「がっこう」である小網代の谷に棲息する魅力的な生物を紹介。長谷川町蔵は町田の仲見世商店街を舞台にした小説で超絶美少女からワイプアウトした少女の生活を描く。円堂都司昭は漂流教室とはだしのゲンを再読し現在の視点で作品の意味を問い直した。東京でのオリンピックまであと5年。お店のようなものをのようなものの実践所として始めたかとうちあきは家賃問題に戻るきょうこの頃。間章の著作集全三巻を完成させた須川善行は「チューブラー・ベルズ」のスリーヴにあった「間章」という文字を当時「序章」「終章」みたいなものだろうかと。後藤ひかりは骨董屋の店頭の木箱で見つけた南極の石を買った日のことを。携帯電話の画面の裏側に赤い四角がびっしりと集まる。橿渕哲郎の仮歌ハミングについても武田徹は「末期の眼」という観点から考察。かつて自身が書いた「ムーンライダーズ詩集」書評にも言及している。ブラジリアンワックスを題材にした美馬亜貴子の小説は主人公の身体感覚が伝わってきて読者のあらぬ想像力を刺激。そして悪い男が素敵なお姉さんを騙す話にはなんだか海辺の集落に由来する苗字の登場人物がってなんでそんなことわかるかって言うとこれ書いた多田洋一って、あれ!?

 さらにページをめくると寄稿者やAD吉永昌生など制作関係者のプロフィールが掲載されている。百四十文字はツイッターの字数で、わりと自由な書きっぷりから人柄が垣間見える。奥付には前号までの表紙素材になった写真が配され、この本の発行元が東京都町田市であることもわかる。さらに、またうっすら読めるwords@works。そして、その下には脈絡のない文章の断片(←これらはすべて作品内の一節/もし帯が付いていればそこに掲載されていたかもしれない)。裏表紙もパリの北ホテル……こんなに読み応えのある本が税込み1,080円なのには驚いたし、ISBNで取次会社や注文方法も判明した。さらに聞いたところによると、どうやらいますぐにアマゾンでBNも含め購入可能らしい(かなりステマ/ネイティヴなんとかになってきたのでこのへんで)。

 とにかく、これで殺されることはないだろう。本を閉じた僕は窓を見つめる。きっと彼女はやってくる。もしかすると来年の春、次の号を携えてかもしれないけれど。



【敬称略にて失礼致しました!】

Vol.7 Coming! 20160401

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